母との会話
施設内にいる母とのデートは月の予定に組み込まれている。
大抵の場合、ランチデートをするが、この厳戒体制のなかで会うのはどうかと私は思っていた。翌日にデートを控えた前日の夜のことである。
電話で
「来てくれても30分くらいしかいられないのよ。(施設内でも警告されているため) あなたに悪いわ。せっかく来ても何も食べたりできないのよ」
「近所のレストランに予約は入れてあるのよ。あと郵便局にも一緒に行ってほしいし」
と母。
「私はすぐに帰ることになっても大丈夫よ。世の中がそうなっているんだし」
「そぉ?スタッフの人に聞いてみたのよ。ランチに行くのはどうですかって」
「そうしたら?」
「個人の判断にお任せしますと言われたわ」
「でしょうね」
「94歳の人も96歳の人も皆、ちゃんと守っているのよ。私だけ守らないのはよくないわよね?」
「誰のどんな用事かは問題ではなく、世界的に外出をせずにいましょうと言われているわけで、人が守るから真似するとかではなく自分で考えなさいということだと思うよ。」
「そうよね❗️ じゃあ、少しだけ桜が見られたらいいのよ」
(ありゃ、行くんかーい⁉️)
私は母を支えながら歩くことを思い浮かべた。
(そうだ、忘れていた❗️)
「今、私は自分の体を支えて歩くので精一杯なのよ。歩くのが大変なの。だからママを支えて歩くのは無理。一緒に転ぶわ」
「そう言えばそうだったわね。あなた早く治しなさいよ」
「外に行けなくて退屈かもしれないけど手先は動かしておいた方がいいよ」
「手芸タイムに申し込んだわ」
「そう。もしよかったらマスクを作ってくれない?」
「あなた、無いの?私は施設内でもらえるからわからないけど お店では売ってないんでしょ。いいわよ。作るわ❗️」
「何枚あっても助かるから。無理しない程度にお願いします」
「わかったわ❗️誰か作れる人がいたからやり方を聞いてみる。じゃあね‼️」
母は会わなくても電話で話せるだけでいいと言って切った。耳の遠くなっていた母。
電話は聞こえにくいかもしれないと 私はどこかで思っていた。
今日のやり取りから母の耳は まだ大丈夫だったことがわかった。
手作りマスクのニーズを感じた母の声はいつになく嬉しそうだった。
人の役に立つことが大好きな母らしかった。